〜宿酔〜
朝、鈍い日が照つてて
風がある。
千の天使が
バスケットボールする。
私は目をつむる、
かなしい酔ひだ。
もう不用になつたストーヴが
白つぽく銹びてゐる。
朝、鈍い日が照つてて
風がある。
千の天使が
バスケットボールする。
中原中也-初期詩篇 詩ポエムの投稿掲示板 ポエム広場
〜宿酔〜
朝、鈍い日が照つてて
風がある。
千の天使が
バスケットボールする。
私は目をつむる、
かなしい酔ひだ。
もう不用になつたストーヴが
白つぽく銹びてゐる。
朝、鈍い日が照つてて
風がある。
千の天使が
バスケットボールする。
〜秋の夜空〜
これはまあ、おにぎはしい、
みんなてんでなことをいふ
それでもつれぬみやびさよ
いづれ揃つて夫人たち。
下界は秋の夜といふに
上天界のにぎはしさ。
すべすべしてゐる床の上、
金のカンテラ点いてゐる。
小さな頭、長い裳裾(すそ)、
椅子は一つもないのです。
下界は秋の夜といふに
上天界のあかるさよ。
ほんのりあかるい上天界
遐き昔の影祭、
しづかなしづかな賑はしさ
上天界の夜の宴。
私は下界でみてゐたが、
知らないあひだに退散した。
〜春の思ひ出〜
摘み溜めしれんげの華を
夕餉(ゆふげ)に帰る時刻となれば
立迷ふ春の暮靄(ぼあい)の
土の上(へ)に叩きつけ
いまひとたびは未練で眺め
さりげなく手を拍きつつ
路の上を走りてくれば
(暮れのこる空よ!)
わが家へと入りてみれば
なごやかにうちまじりつつ
秋の日の夕陽の丘か炊煙か
われを暈めす(くるめす)もののあり
古き代の富みし館の
カドリールゆらゆるスカーツ
カドリールゆらゆるスカーツ
何時の日か絶えんとはするカドリール!
〜ためいき〜
河上徹太郎に
ためいきは夜の沼にゆき、
瘴気の中で瞬きをするであらう。
その瞬きは怨めしさうにながれながら、パチンと音を立てるだらう。
木々が若い学者仲間の、頸すぢのやうにであるだらう。
夜が明けたら地平線に、窓が開く(あく)だらう。
荷車を挽いた百姓が、町の方へ行くだらう。
ためいきはなほ深くして、
丘に響きあたる荷車の音のやうにあるだらう。
野原に突出た山ノ端の松が、私を看守って(みまもって)ゐるだらう。
それはあつさりしてても笑はない、叔父さんのやうでもあるだらう。
神様の気層の底の、魚を捕ってゐるやうだ。
窓が曇ったら、蝗螽(いなご)の瞳が、砂土の中に覗くだらう。
遠くに町が、石灰みたいだ。
ピョートル大帝の目玉が、雲の中で光つてゐる。
〜港市の秋〜
石崖に、朝陽が射して
秋空は美しいかぎり。
むかふに見える港は、
蝸牛(かたつむり)の角でもあるのか
町では人々煙管(きせる)の掃除。
甍(いらか)は伸びをし
空は割れる。
役人の休み日――どてら姿だ。
『今度生れたら・・・・・
海員が唄ふ。
『ぎーこたん、ばつたりしよ
狸姿々(たぬきばば)がうたふ。
港の市(まち)の秋の日は、
大人しい発狂。
私はその日人生に、
椅子を失くした。
〜夕照〜
丘々は、胸に手を当て
退けり。
落陽は、慈愛の色の
金のいろ。
原に草、
鄙唄(ひなうた)うたひ
山に樹々、
老いてつましき心ばせ。
かゝる折しも我ありぬ
小児に踏まれし
貝の肉。
かゝるをりしも剛直の、
さあれゆかしきあきらめよ
腕拱みながら歩み去る。
〜夏の日の朝〜
青い空は動かない、
雲片(くもぎれ)一つあるでない。
夏の真昼の静かには
タールの光も清くなる。
夏の空には何かがある、
いぢらしく思はせる何かがある、
焦げて図太い向日葵が
田舎の駅には咲いてゐる。
上手に子供を育ててゆく、
母親に似て汽車の汽笛は鳴る。
山の近くを走る時。
山の近くを走りながら、
母親に似て汽車の汽笛は鳴る。
夏の真昼の暑い時。
〜悲しき朝〜
河瀬の音が山に来る、
春の光は、石のやうだ。
筧の水は、物語る
白髪の嫗(をうな)にも肖てる。
雲母の口して歌つたよ、
背ろに倒れ、歌つたよ、
心は涸れて皺枯れて、
巌(いはほ)の上の、綱渡り。
知られざる炎、空にゆき!
響の雨は、濡れ冠る!
・・・・・・・・・・
われかにかく手を招く・・・・・
〜逝く夏の歌〜
並木の梢が深く息を吸つて、
空は高く高く、それを見てゐた。
日の照る砂地に落ちてゐた硝子を、
歩み来た旅人は周章てて(あわてて)見付けた。
山の端は、澄んで澄んで、
金魚や娘の口の中を清くする。
飛んでくるあの飛行機には、
昨日私が昆虫の涙を塗つておゐた。
風はリボンを空に送り、
私は甞て(かつて)陥落した海のことを
その浪のことを語らうと思ふ。
騎兵聯隊や上肢の運動や、
下級官吏の赤靴のことや、
山沿いの道を乗手もなく行く
自転車のことを語らうと思ふ。
〜凄まじき黄昏〜
捲き起こる、風も物憂き頃ながら、
草は靡きぬ、我はみぬ、
遐き(とほき)昔の隼人等を。
銀紙色の竹槍の、
汀(みぎは)に沿ひて、つづきけり。
――雑魚の心を俟み(たのみ)つつ。
吹く風誘はず、地の上の
敷きある屍――
空、演壇に立ち上がる。
家々は、賢き陪臣、
ニコチンに、汚れたる歯を押匿す。
中原中也作品集
初期詩篇